大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所久留米支部 昭和44年(わ)59号 判決

主文

被告人佐藤忠見を懲役一年六月および罰金二〇万円に、

被告人占部須美を懲役一〇月および罰金一五万円に、

被告人加茂栄次を懲役一〇月および罰金二〇万円に、

それぞれ処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間各被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から、

被告人佐藤忠見に対し三年間、

被告人占部須美に対し二年間、

被告人加茂栄次に対し二年間、

それぞれその懲役刑の執行を猶予する。

被告人佐藤忠見から

押収してある約束手形一通(昭和四五年押第一四号の三)の偽造部分を没収する。

訴訟費用中、証人中野行治に関する昭和四四年九月二四日の分は被告人占部および被告人加茂の負担とし、同証人に関する同年一一月二六日、同年一二月一〇日、昭和四五年二月二五日の分は被告人佐藤の負担とし、同証人に関する同年六月一七日の分は被告人佐藤および被告人占部の負担とし、証人原口春雄に関する分は被告人佐藤の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一、一、被告人佐藤忠見は不動産売買の事業などのために資金を必要とし、被告人占部須美は同佐藤忠見の右資金繰りに協力していたが、被告人佐藤忠見において別紙定期預金一覧表記載の各預金日の数日前ないし前日に、福岡県浮羽郡吉井町一、二四九番地所在の吉井信用組合の代表社員(専務理事)として、同組合の行なう預金の受入、払戻、保管ならびに貸付等その業務一切を統轄処理していた安武慎一に対し預金を見返りとした融資を依頼した後、被告人占部須美に吉井信用組合への預金者の斡旋方を依頼した結果、同被告人はこれを了承して加茂栄次に同表記載のとおり昭和四二年八月一九日から昭和四三年二月二七日まで前後五回にわたり同組合へ同表記載の定期預金をさせ、もつて被告人佐藤忠見は被告人占部須美を介し、被告人占部須美はみずから、それぞれ吉井信用組合へ前記加茂栄次が預金をするについて媒介をした者であるが、右被告人両名は共謀のうえ、右各定期預金に関しいずれも被告人佐藤忠見が右加茂栄次にいわゆる裏金利を得させる目的で、被告人占部須美は同佐藤忠見と通じ、被告人佐藤忠見は自己のために、被告人占部須美が前記各預金日に前記吉井信用組合において前記安武慎一に対し被告人佐藤忠見への融資の申込をなし、右安武慎一をして前記加茂栄次の定期預金を担保として提供することなしに吉井信用組合が被告人佐藤忠見に対し資金の融通をなす旨を承諾させ、被告人佐藤忠見もみずから各預金日に吉井信用組合に赴き前記安武慎一に要求して同組合から資金の融資を受け、もつて五回にわたり吉井信用組合を相手方として前記定期預金に関し各不当契約をし、

二、被告人加茂栄次は原口春雄名義で金融業を営んでいたものであるが、別紙定期預金一覧表記載のとおり、前後五回にわたり、同表記載の各預金日に同組合において同表記載の各預金をするに際し、右各預金に関して前記佐藤忠見から同占部須美を通じていわゆる裏金利を得る目的で右占部須美を介して右佐藤忠見と通じ、吉井信用組合を相手方として同組合専務理事安武慎一との間に、右各預金を担保として提供することなしに、同組合が前記佐藤忠見に対し資金の融通をなす旨を承諾させて、各不当契約をし、〈中略〉

(法令の適用)

被告人佐藤、同占部の判示第一の一の別紙定期預金一覧表記載(1)ないし(5)の預金の際の五回にわたる各不当契約の所為は、いずれもそれぞれ刑法六〇条、預金等に係る不当契約の取締に関する法律四条一号、二条二項に、被告人加茂の判示第一の二の五回にわたる各不当契約の所為はそれぞれ預金等に係る不当契約の取締に関する法律四条一号、二条一項に、各該当するので、〈中略〉

被告人佐藤につき、判示第一の一の五回にわたる各不当契約の罪、判示第二の偽造有価証券行使罪および判示第三の罪は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第二の偽造有価証券行使罪の懲役刑に法定の加重をし、同法四八条一、二項により判示第一の一の各罰金刑をこれに併科してかつこれらの罰金額を合算し、その刑期および金額の範囲内で被告人佐藤を懲役一年六月および罰金二〇万円に処し、被告人占部の判示第一の一の五回にたわたる各不当契約の罪、被告人加茂の判示第一の二の五回にわたる各不当契契約の罪は、いずれも右各被告人について刑法四五条前段の併合罪なので、いずれも懲役刑については同法四七条本文、一〇条により最も犯情の重い昭和四三年二月二七日の預金に係る不当契約の罪に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により五回にわたる各不当契約の罪の罰金額を合算し、その刑期および金額の範囲内で、被告人占部を懲役一〇月および罰金一五万円に被告人加茂を懲役一〇月および罰金二〇万円に、それぞれ処し、〈中略〉

(弁護人の主張について)

弁護人田中義信は、判示第一の一の被告人佐藤の預金等に係る不当契約の取締に関する法律(以下単に「法」と略称する。)違反の点については、被告人佐藤のした行為は法二条二項の「媒介」には該当せず、更に同被告人が預金者と通じた特定の第三者(被融資者)ないし媒介者と通じた特定の第三者(被融資者)にあたるとしても、これは法二条一、二項において預金者ないし媒介者の必要要的共犯に立つものと解されるのに、同法においてはこれに対する処罰規定を設けていないのであるから、同法がこれを処罰の対象から外したとみるべきであり、この趣旨からすると刑法総則の共犯規定によつて処罰することはできないと解すべきであるから、被告人佐藤はこの点に関しては無罪であると主張する。

そこで判示第一の一の被告人佐藤の所為の罪責についての当裁判所の判断を述べる。先ず法の取締りの対象となるいわゆる導入預金について金融機関から資金の融通等を受けようとする特定の第三者の行為とは、一般にその行為者において預金者が預金する際右預金者ないし媒介者と結託し金融機関に対してその預金を引当として融資方を申入れ、他方預金者に裏利息を支払う場合が考えられ、このような行為をした者は法二条一項、二項において預金者等および媒介者の必要的共犯と解せられる(ただし、それらが直ちに処罰されるものではないことは後述する)。更に進んで被告人佐藤の判示所為は同条二項の預金等をすることについて媒介をした者が特定の第三者と通じてしたものであるからこれを処罰する規定は同条二項以外にはみあたらなく、従つて同条項の意義、特質を考えて、同条項のいう媒介者については後述するとして、前記の「特定の第三者」について同条項に該当する場合があるか否かを検討してみると、右の「特定の第三者」とは前述の如く金融機関に対する資金の需要者(資金の融資申込者)をさすものであるが、この資金需要者が同時に預金等の媒介をする者であつて、かつ右資金需要者が金融機関と不当契約を結んだ場合に同条項により処罰され、それ以外の資金需要者の行為は同条項は勿論刑法総則の共犯規定をもつてしても処罰し得ないものと解するを相当とする。けだし、これら資金需要者の多くは資金の供給者である金融機関に対して経済的弱者に立ち、資金の融通を受けるためやむを得ず前述の如く預金等を利用した方法をとつている実情にあると考えられ、このような資金需要者を処罰することは酷にすぎ、また従らに中小企業者の金融の途を狭める虞れがあるし、他方これらに対処するには金融機関を取締ることによつてその効果を期待し得るからである。ただ資金需要者が前途の方法にとどまらず、更に悪質なやり方であるところの、預金等を媒介して金融機関から融資を受けようとし、不当契約を結んだ場合には、その悪性や金融機関の回収に対する危険性の増加からこれを放置することができないので法二条二項により処罰の対象となると考えられる。

そこで右の資金需要者が同時に預金等の媒介をする者にあたるための「媒介をする」という点についてみると、これは単に預金等の契約を媒介するにとどまらず、預金等をすることの斡旋をも含めた広い意味であつて、特定の金融機関に預金をするよう勧誘し、あるいは依頼ないし指示をすることもここでいう媒介行為に含まれ、これらの点からその実質的な違法性に着目するときは、みずから直接預金者に預金をさせるべく働きかけることは必ずしも媒介の要件ではなく他人を介して預金者に預金させるべく働きかけることもここでいう媒介にあたると解される。これを本件についてみると、前掲各証拠によれば、判示のごとく、被告人佐藤は判示の吉井信用組合の安武専務理事に資金の融資を申し入れ、同人から見返りの預金をするよう要請されるや、これに対し預金者をさがして預金させる旨約束し、被告人占部に対し事情を話して預金者に裏利を払う意思があることを告げて預金者をさがしてくれるよう依頼し、さらに本件各預金のたびに被告人占部を介して預金者(当初はその名前は知らなかつたが)に預金をしてもらうよう依頼し、被告人加茂の承諾を得ていた事実が認められるのであつて、右の事実からすると、被告人佐藤は直接預金者たる被告人加茂と面談こそしていないが、被告人占部を介して被告人加茂に吉井信用組合への預金を依頼していたもので、被告人佐藤の行為は法二条二項にいう「金融機関に預金等をすることについて媒介」したに該当し、同被告人は媒介者にあたると認むべきである。

さらに被告人佐藤の本件所為が法二条二項中の他の要件を充足するかを検討するに、前掲各証拠によれば、判示のごとく被告人佐藤は別紙定期預金一覧表記載(1)ないし(5)の各預金ごとに被告人占部と共謀のうえ被告人加茂にいわゆる裏金利を与える目的で現実にこれを支払い、被告人占部において安武専務理事を相手方として被告人佐藤への融資を約させて預金を融資の担保としない本件各不当契約を結び、被告人佐藤みずからも預金がなされた時刻をみはからつて吉井信用組合へ赴き安武専務理事と会つて同組合から資金の融資を得ていた事実が認められるのであるから、結局被告人佐藤の所為は法二条二項の他の要件をも充足するものと解される(なお、右条項は不当契約の締結についていわゆる自手犯を規定したものではないと解されるから、被告人占部と共謀があつたことは被告人佐藤の罪責を失なわしめるものではない。)。

よつて弁護人田中義信の前記主張は結局において採用することを得ないものといわなければならない。

よつて、主文のとおり判決する。

(伊藤敦夫 川崎貞夫 岩井俊)

定期預金一覧表

番号

預金日

預金額

預金の満期

(1)

昭和四二年八月一九日

五〇〇万円

三か月満期

(2)

同  年同月二一日

一、〇〇〇万円

右同

(3)

同  年同月三一日

一、〇〇〇万円

右同

(4)

同 年一〇月一六日

五〇〇万円

右同

(5)

昭和四三年二月二七日

一、五〇〇万円

右同

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例